ほろ酔い陽子ちゃん脱ぎ脱ぎ大騒動の巻(仮)
 
 嗚呼。

 何故、こんなことになってしまったのだろうか。

 何故、俺たちは、こんなところまで来てしまったのだろうか。

 此処は、修羅場であった。

 ……そう、酔っぱらい共の。

 曰く、先に酔っぱらった方が勝ちだ、とは良く言ったもので。
 俺は、正直あまりアルコールには強い方ではない。っつーか、それ以前にそもそも未成年だし。まあ、友人 の中には、高校生である今から既に酒好き、なんて奴なんかも居たりするんだが、俺は、せいぜい正月とか に付き合いで舐める程度なので、この場でも、未だ最初に開けた缶が半分程度減っているだけだ。だが、 今、俺の胸を満たすのは、僅かなアルコールによる酔いなどでは断じてなく、苦い、にがい後悔の念であっ た。
 こんなことなら、思い切ってぐいと呑んで、早々に俺も酔ってしまえば良かった、という。
 ああ、そもそも、こうなってしまったのは……

「ね、お兄ちゃん。明日、千早の誕生日なんで、誕生日パーティーするんやけど、お兄ちゃんも来いひん?」
 夏休みもいよいよ終わろうとしている八月三十日。俺はいつものように陽子の家庭教師にやって来ていた。 俺は、夏休み中の家庭教師は、宿題をきちんと終わらせることに主眼を置いていたので、残りは問題集の数 ページを残すのみ、となっていた。陽子がそんなことを言い出したのは、しばらく集中して頑張っていたので、 少しの間休憩を取っているときだった。
「へえ、千早ちゃんの誕生日か。けど、クラスの友達とか大勢来るんじゃないのか、俺が行っても邪魔じゃない のかな?」
「邪魔やなんて、そないなことあらへんよ。それに、お兄ちゃんも呼ぼう言うたん、千早の方やし」
 珍しく……というか、恐らくは生まれて初めて夏休みの宿題が余裕を持って片づきそうなせいか、実に浮き 浮きとした表情で、陽子は言った。
「そうか。だったら、お邪魔させてもらおうかな。けど、その前に、もう一頑張りだ」
 そう言って、休憩時間の終わりを告げる。陽子も、もうすぐ終わり、という開放感からか、
「うん、お兄ちゃん」
 と満面の笑顔で答えたのだった。

 そして当日。俺の家に陽子が迎えにやって来た。今日は、黒のタンクトップの上に白いチョッキを着て、ピン クの可愛いミニスカートを穿いた姿だった。短めの靴下に活動的な白いスニーカーと夏らしく活動的なスタイ ルが可愛らしい。
 支度し、二人揃って出かけると、陽子が案内してくれた先は、通い慣れた神無木神社。それも陽子の部屋だ った。
「あれ、陽子の部屋でやるんだ」
 俺は、少し意外に思い、そう言った。
「うん。去年、千早があんまり騒ぐんで、千早のお母さんに叱られちゃって……」
 陽子が、苦笑しながら言うと、
「なんや、ウチのせいばかりやないやろ。陽子かて、きゃあきゃあ言うとったやん」
 先に来ていた千早ちゃんが、そう返してくる。だが。
「な、何言うてるんや、あれは、千早が変なコトしてくるからやあらへんか!!」
 と更に言葉を返す。
「ん〜、せやったか?」
 しかし、陽子の反論もどこ吹く風だ。
「いや〜、あれは、流石にやりすぎだったと思うけどなー。お兄さんが見たら、鼻血じゃ済まなかったと思うよ 〜♪」
 だが、とぼける千早ちゃんにそう突っ込んだのは、今日のお客さんの一人、堀井初子ちゃんだ。去年の運動 会のリレーで、陽子とアンカー同士として競い合った子だ。
 ……しかし、一体、去年ナニがあったとゆーのだろーか……気になる。
「ほほう、それは耳よりな話やなあ、詳しゅう聞かせてくれへんか?」
 そう言って興味津々、といった風に目を輝かせたのは、枚方奈海ちゃん。春頃に起きた事件で知り合った子 で、陽子や千早ちゃんとは小学生の頃からの友達だ。
「あ、あかんて!! 絶対内緒や!!」
 と、陽子が慌てて話しかけた初子ちゃんを制止する。
「なんだ、つまんない。せーっかくお兄さんにも教えたげよーと思ったのになー」
「だ、だから、お兄ちゃんには、絶対内緒や!!」
「いや……だから、俺の前で言うなよ。余計気になるってーの」
「あ……」
 俺が目の前に居るのに気付き、慌てて口元に手をやって赤くなる陽子だった。しかし、それにしても……来 たのは、陽子と千早ちゃん、俺以外は、初子ちゃんと奈海ちゃんの二人だけだ。ちょっとばかり意外に思った が、
「けど、どうしても、千早の誕生日って、来てくれる子少なくなるよね」
「まあ、夏休み最後の日だからねー。みんな、宿題で忙しいんだよ」
 と、奈海ちゃんと初子ちゃんが俺の疑問を代弁するようにそんな言葉を交わす。成程。なんとなく納得。
「ま、しゃあないわな。それでも、こうして来てくれるんやから嬉しいで、ほんま」
 そう言う千早ちゃんの顔は、その言葉通り、本当に嬉しそうだった。

 陽子の部屋の真ん中に、いつも勉強のときに使っている卓を出してきて、ケーキと料理を並べてゆく。
「お母さんが作ってくれたお料理や。みんな、いっぱい食べてってね」
 陽子が皿を配りながら嬉しそうに言う。ちなみに、紅葉さん自身は、今日は外出しているとのこと。
「さて、と。プレゼント代わり、っちゅう訳やあらへんけど、ウチの店提供やー♪ よう冷えとるで、たんと飲んで や」
 そう言って、奈海ちゃんがべりり、と段ボールの箱を開け、ジュースの缶を取り出し、卓に並べてゆく。
「そういえば、なみちゃんちって、酒屋やったっけ」
 箱ごと持ってくるとは、何とも豪快な。俺も陽子も、ちょっとばかり目を丸くする。
「さっすがやな〜、今日は暑かったから有り難いで」
「うん、ありがと、枚方さん」
 そう言って、一同それぞれに缶を手に取ってゆく。
 ……けど、見慣れないジュースだなあ。
「えっと、それじゃあ、千早、誕生日、おめでとう」
「千早、おめでとー」
「片桐さん、おめでとー」
「おめでとう、千早ちゃん」
「なんや、改めて言われるとテレるなあ。けど、みんな、ありがとな」
 めいめいにお祝いの言葉をかけてゆく俺たちに、千早ちゃんが嬉しそうに応えてゆく。
「それじゃ、ハッピーバースデー、千早。かんぱーい」
「かんぱ〜い!!」
 みんな、暑い中集まったせいか、一気に缶の中身を飲み干してゆく。
 かくして、パーティーの幕は上がる。
 ある意味、悪夢のパーティーの。

 一口、缶の中身を含んだ俺は、僅かな違和感を感じるが、やはり、暑かったせいで身体は冷たい飲み物を 求めていたのだろう。意識がストップをかける間もなく、勢いでごくりごくり、と二口三口、喉に流し込んだ。
 違和感の正体に気付いたのは、その直後であった。
 かあっ、と喉の奥から熱がこみ上げてくる。顔が火照り、熱が全身に広がるような感覚。まさか、これは、と 慌てて缶を確認する。
 ……やっぱりだ。
 缶の底面近くに明記された注意書き。
 お酒。
 アルコール分6%。
 飲酒は二〇歳を過ぎてから。
 ……いや、もう遅いって。俺はしばし唖然としていたが、ハッと我に返り、持ってきた当人である奈海ちゃん に声をかける。
「ちょっと、奈海ちゃん、これお酒……」
 だが、俺の言葉はそこまでで呑み込まれた。
「おいしーねー、このじゅーす」
「ほんまやー。なみちゃん、なーいす」
「えへへー、せやろー」
「うっしゃー、もーいっぽん頂きやー」
 彼女らの前に置かれた空き缶は既に十本を超えていた。状況は、俺が事態を把握するまでの数十秒にす ら届かないうちに、最早取り返しの付かないコトになっていたのであった。マテコラお前ら……

「ん〜、どないしてん、お兄はん〜?」
 さっきの俺の声に、既に二本目を飲み干し、頬を赤く染めた奈海ちゃんがようやく反応を返してくる。
「あのさ、奈海ちゃん、これって、もしかして、お酒じゃないのかい?」
「…………ん〜、何のことや? あたしは知らんよ〜」
 と言うが……うぁ、今、にやり、って笑った、にやりって!! 嘘だ、知らないなんて絶対に嘘だ!!
「そ、そうだ、陽子……」
 と、俺は陽子が気にかかり慌てて視線を走らせる。
「こく、こく、こく……ぷはー」
「お、おい、陽子……?」
 そこには、頬を朱に染め、無邪気な笑顔で缶の中身を飲み干す陽子がいた。
「あ、お兄ちゃん、おいしーよ、これ」
 そう言って、陽子はにこー、っと笑って今飲み干したばかりの缶を俺の方に差し出す。いかん、これはもう既 に完全に出来上がってる……
「おーい、初子〜」
 千早ちゃんの声がする。そっちを振り向くと、初子ちゃんは、早くもそれはもう幸せそうな顔で眠りこけてい た。彼女は相当お酒には弱い模様。その脇にしゃがみ込んだ千早ちゃんが、初子ちゃんの頬をつんつん、と 突っつくたびに、彼女はふにゃ、ふにゃ、と子猫みたいな声を上げてころころと転がっている。こっちももう手 遅れか……まあ、寝てる分、これ以上は呑まなくて済むだろうが。
 しかし、初子ちゃんのほっぺを突きながらけらけら笑っている千早ちゃんはどうよ。思わず冷や汗が頬を一 筋伝うのを感じてしまったり。
 しかし、眺めていると、やがて初子ちゃんを突っつくのに飽きた千早ちゃんが、半眼になった目で部屋の中 をぐるうりと見渡す。と、その目が、陽子のところでぴたり、と止まり、みるみるうちに、千早ちゃんの顔ににん まりとした笑みが広がってゆく。
「どうしたん、千早……?」
 自分の方へとにじり寄って来る千早ちゃんに、不思議そうな顔で問いかける陽子だが、千早ちゃんの顔に浮 かぶ笑みに気付いた途端、怯えたような顔になり、座ったままの姿勢で後ずさってゆく。
「え、ちょっと、千早、な、なに……するつもりなん?」
 なんだか妙に嗜虐心をそそりそうな表情で千早ちゃんに問いかける陽子。
 ……いかん、俺まで酒が回ってきたか? 陽子の表情を見た俺は、思わずごくり、と唾を呑み込んでしまう。 千早ちゃんの方も、そんな陽子を見て、今にも舌なめずりでもしそうな顔でにじり寄ってゆく。いや、つーか、し てるって、舌なめずり、今!!
「じゅるり♪」
 千早ちゃんの口元から、そんな妙に楽しそうな声が洩れる。
「……って、おいおいおいおい!!」
 流石に不穏な空気を感じた俺は、千早ちゃんを制止しようと身を乗り出す……が。
「ふっふっふ、お兄さん、せっかく千早がさっきの話の実演してくれるんや、ここは黙って見物しとき〜」
 そう言いながら、奈海ちゃんががしっ、と俺に後ろから羽交い締めをかけてくる。
「お、おい、ちょっと……」
 と振り払おうとするが、しっかりとしがみついてくるのでなかなか上手くいかない。その上、あんまり動くと背中 に何か柔らかいものが当たる感触が……だが、それを気にする間も無く、俺の方へと視線を向けた陽子が、
「お兄ちゃん、たすけてぇ……」
 と、半分涙目で訴えかけてきた。
 が、そんな陽子に千早ちゃんは、
「ふっふっふ、怖がらんでもええで、痛くせえへんから」
 などと、怪しい台詞を吐きながらにじり寄り、陽子の頬をねっとりとした手つきで撫でる。その感触と、自分を 見つめる千早ちゃんの目つきのヤバさに震えながら、陽子はいやいやをするように、
「やあ、やめてってば千早ぁ、お兄ちゃん、たすけてぇ」
 と、さらに訴えかけてくる。むう、流石にこれに応えなければいくら何でも漢ではねぇ。と力ずくでも奈海ちゃ んを振り払おうとしたその時だった。
「ういちゃん、ふっかぁーつ!!」
 と大声で高笑いを上げながら、さっきまでのふにゃふにゃが嘘のように、初子ちゃんが復活したのであった。

「ふふふふふー、話は聞いたよー。それー」
 そう言いながら、初子ちゃんは座布団を俺におっ被せて来た。
「うゎ、何を!?」
 慌てる俺だったが、後ろの奈海ちゃんと二人がかりで押さえつけられ、何枚もの座布団とどこからか持ち出 してきた紐でぐるぐる巻きにされてしまう。おまけにタオルで猿ぐつわまで噛まされてしまった。なんてことだ。
「むぐー、むぐー!!」
 もがく俺だったが、ぐるぐる巻きの上、加えて二人に押さえつけられているのだ。いくら何でもこれでは動け ない。
「さー、お兄さん、ここで陽子が千早に襲われる様をじっくりと見てるんやで〜♪」
「もが、もが、もがが〜!! (ちょっとマテ、何だそりゃー!!)」
 無茶苦茶抜かす奈海ちゃんの声に、抗議のうめき声を上げているうちにも、千早ちゃんの手が陽子の身体 をいやらしくまさぐってゆく。
「ふっふっふ、こちょこちょこちょ〜♪」
「やっ、やあく、くすぐったいってば、ひゃん、きゃ、そ、そないなトコ触らんといて……きゅぅ、ん」
 陽子の反応を見ても、明らかに、この手つきはただ単にくすぐっているだけではない。陽子の身体を千早ち ゃんの両手が思うがままに蹂躙してゆく。服の上から胸をまさぐり、太腿の内側を指先が這い回る。腰に廻さ れた手はミニスカートの裾の中に侵入し、乱れた裾から、ちらりちらりとその内側に秘められた下着の白い色 が見え隠れする。その行為に対する陽子の必死の抵抗も、千早ちゃんの手で巧みに封じられている。
「いやや、もうよして、千早ぁ、たすけて、お兄ちゃん……」
 身をよじりながら千早ちゃんの手から逃れようとする陽子だが、千早ちゃんの手は、ますます執拗に陽子の 身体にからみついていくようだった。
 ああっ、俺だってあんな風に触ったことなんて無いとゆーのにっ!! ……いや、そうじゃなくて。
「ん〜、どないしたんや、陽子? いつもより感度ええやんか。ふふふ、せやな。お兄はんに見られてるからな 〜、どや、感じてるやろ? ん、ここか、ここがええのんか?」
「もが〜〜〜〜〜〜〜!!! (スケベ親父か、お前は〜〜〜〜〜!!!)」
 などと叫ぼうとしても、言葉にならないのだからどうしようもない。
「ふふふふふ、相変わらずええ感触やねえ。どないや、お兄はんには、まだ胸とか触られたことあらへんのや ったか〜?」
「そ、そんなん、まだあらへん!!」
 千早ちゃんの手と言葉との両方に責め立てられ、顔をさっきまで飲んでいたお酒のせいどころではなく真っ 赤に染めた陽子が、足をばたばたさせながら叫ぶ。
「ほほーう、『まだあらへん』ねえ〜」
 奈海ちゃんが耳元でいたずらっぽく囁く。
「きゃはははははー、お兄さん、えっちー」
 躁状態の初子ちゃんがそう言いながら脳天気に笑う。
 ……いや、だからしてないんだからえっちも何も……つーか以前もあった気がするんだが、このパターン。し かし、酔っぱらいにはマトモな理屈は通じないか。とほほ。
「ひひひ、次はここか、それともあそこがぐべば」
「え?」
「ほへ?」
「もが?」
 その時、痛快無比な程のすこーん、という音とともに、千早ちゃんの顎にばたつかせていた陽子の足がジャ ストミートした。
 それはもう、見事な一発KOであった。二千年前に通過した場所くらいに。
 合掌。

「ふみゅう……」
 見事一撃KOされた千早ちゃんが目を回してダウンしている横で、陽子の方もまたアルコールとセクハラのダ ブルパンチのせいか、頭から湯気が出ていそうなほど真っ赤な顔と脱力した表情でへたり込んでいた。
「あー……」
「え、えーと……」
 流石にあとの二人も気まずそうに黙り込む。その隙に、
「もがー!!」
「わわっ!?」
「きゃあっ!?」
 と、溜め込んだ力を一気に爆発させて座布団とその上に乗っかったふたりをはね飛ばす。
「お前らな、たいがいにせーよ!?」
 何とかぐるぐる巻きから脱出し、噛まされたタオルを外す。
 全くもって、この仕打ちはいくら温厚な俺でも頭に血も上ろうというものだ。女の子とはいえ、二人分の重さで 押さえつけられていた上に、座布団で蒸されて汗だくだ。
「いやー、あはは、ごめんねえ〜」
「ふみゅう〜、あんまし怒らんといて〜、ね、お兄さん〜♪」
 まあ、酔っぱらいをこれ以上追求する気にもならず、俺は目を回している千早ちゃんの様子を見てみる。ま あ、息も荒くないし、さほど心配はなさそうだ。
 そこで、今度は陽子の様子を見てみることにする。
「お兄ちゃん、暑い……」
 なんだか、こっちの方がKOされた千早ちゃんより余程大変そうだった。いたずらされたせいか、お酒のせい か。あるいはいたずらのせいで急激にアルコールが回ったせいか。陽子は上気してしっとりと汗で濡れた顔に とろん、と惚けたような表情を浮かべ、全身を脱力させて横たわっていた。やや呼吸が荒くなり、豊かな胸が 大きく上下している。なんだかやけに艶っぽくて思わずうろたえそうになってしまう。
「大丈夫か、陽子?」
 俺は、平静を装いつつそう言って、陽子の額に手を当て、ハンカチで頬や首筋の汗をぬぐってやる。やは り、火照っているようで、少し熱い。
「うん……けど、ちょっと、暑い」
 細い声で、陽子が言う。
「待ってろ、タオル濡らしてきてやるから」
 そう言って、俺は立ち上がり、洗面所へと向かった。

 洗面所で洗面器とタオルを用意し、ついでに台所に寄って、冷凍庫から氷を拝借して洗面器の中身を氷水 にし、俺は陽子の部屋へと戻った。が……
「な……何してんだ、陽子!?」
 戻った俺の目の前では、顔を赤く上気させ、膝立ちしながら頼りなげに身体をふらつかせた陽子が、チョッ キを脱ぎ捨て、それどころか、今まさにスカートのホックに手をかけているところではないか!!
 ……という間もなく、陽子はそのままホックを外し、ファスナーを下ろす。手を放せば、当然のこととして支え るモノを無くしたスカートは、重力の影響を直接に受けることとなり、ふわり、と舞いながら床へと落下すること となる。

 縞……

 重力の影響から逃れられなかったのは、陽子のスカートだけでなく、俺の手から滑り落ちた洗面器も同様だ った。がしゃん、と床に落ち、床と俺のズボンの裾をびしょぬれにする。が、俺の意識は、淡いブルーと白のス トライプで構成されたそれに完全に奪われていた。
「あつい……ぬぐぅ」
 そして、そう言いながら陽子は、タンクトップの裾に手をかけ、一気に持ち上げ……ようとするが、我に返っ た俺は、それを大慌てで制止した。
 …………あ、けど、なんか、上気して薄桃色に染まったふたつの大きなふくらみの下の方が一瞬見え…… ……わーわーわー!!!
「な、なな何してんだ陽子!?」
 流石に動揺が隠せない俺だが、陽子の方は、
「だって、暑いんやもん。せやから、脱ぐん」
 ぽーっとして焦点の微妙にずれた視線を俺の方へと向けながら、無邪気な口調で言った。
「ええー、止めちゃうん? つまんなーい」
「ほんとは見たいくせにー。なんならあたしの見るー? きゃはははは」
 とか後ろでギャラリーが好きなこと言ってますが。
「うるさいよ、後ろ。 ……ったく、ほら陽子、ベッドで横になろ、な」
 そう言って俺は陽子の手を取ってとりあえず立たせようとするが、なんだかむずがって立とうとしない。
「ぅー……」
「どうした、ほら、休もう」
「だっこしてくれな、いや」
「…………は?」
 な、何を言い出しますかこの娘は。
「だっこ」
 頬を染めて、年齢に似合わぬ艶っぽい表情のくせに、赤ちゃんみたいな無防備さでそんなことを言う陽子 は、その……何だ、俺の理性を実に退っ引きならないまでに追いつめてくれやがりました。後ろで(酔っぱらっ ているとはいえ)二人が見ていなければどうなっていたかわかりません。この話自体が公開不可能になっちゃ いそうですヨ。もう。

「きゃー、だっこやて、だっこー」
「やっぱりお姫様だっこするのかなー、わくわく」
「やっぱ、それしかあらへんよねー」
「ねー」
 本当に、楽しそうだなお前ら。
「おっ姫さまっ」
「おっ姫っさま」
 ついにはやし立て始めやがりましたよこいつら。
 ……で、陽子はといえば、
「だっこ……して?」
 こう、訴えかけるような上目遣いで潤んだ瞳をこっちに向けてくるから始末に悪い。はあ、わかりました。降 参ですよ、降参。まあ、仕方ないか。
 そして、俺は了解のしるしとして陽子の頭をかるく撫でてやり、ゆっくりと背後から肩を支えながら陽子の身 体を後ろに倒し、もう一方の手を膝の後ろへ差し入れ、タンクトップと縞柄のパンツしか身につけていない小 柄な身体をゆっくりと持ち上げていった。
「これでいいかい?」
 と聞くと、この子ときたら、目を細めながら嬉しそうに、
「うん、お兄ちゃん」
 なんて言ってくれたりしやがります。二人っきりでないのは良かったのか悪かったのか。はあ。
 そして、慎重にベッドの方まで陽子を運んでやり、静かに清潔なシーツを敷いたその上に下ろしてやる。
「ぁ……」
 手を放したとき、なんだか残念そうにそんな声を上げるが、仕方がない。しかし、ベッドの上にしどけなく横た わるほとんど下着同然の陽子……ああもう、自分を抑えるので精一杯だよ、俺は。しかし、さっき脱ぎかけた とき一瞬だけ見えたけど、ノーブラだったような……とつい胸の方へと視線が向いてしまう。が、それを見た瞬 間。真っ赤になって反射的に視線を逸らしてしまった。タンクトップの黒い布地を大きく押し上げる二つのふく らみのその真ん中。そこに、さらに小さくつん、と布地を持ち上げるものを認めてしまったせいだ。ああもう、本 当にどうしろというんだ。全くもう。
「ちょ……ちょっと、待ってろ」
 必死で雑念を振り払い。落としたとはいえ、まだ三分の一ほどは氷水の残った洗面器の方へとややぎくしゃ くとしながら踵を返し、タオルを絞ってまたベッドの方へ引き返す。
「ほら、大人しくして」
 そう言ってベッドの横に屈み、陽子の額や頬、首筋などを濡れタオルでぬぐった後、畳んだそれを陽子の額 に乗っけてやる。
「ん……気持ちいい……」
 冷たい感触を楽しむように陽子は目を細める。

「……で、お前ら、いつまでそうやってるつもりだ?」
 俺は、俺の真後ろにぴったりとつけて、目を輝かせながら見物している二人に振り向きもせずにそう言っ た。
「あ、にゃははは」
「あー、気にせんといて、ほら、うちらのことは忘れて、陽子のこと構ってやり♪ ほれ、ほれ」
「気にするっつーの。んな真後ろでじろじろと」
 そうは言うものの、アルコールのせいか、二人の目も気にせず甘えてくる陽子が可愛くて、どうにも怒りが持 続しない。なにせ、陽子ときたら、濡れタオルを乗せてやった俺の手を、そのまま額に乗っけたままの状態か ら放させてくれないのだ。除けようとすると、瞳を潤ませて除けないで、と訴えてくる。余程俺に触れられている のが嬉しいらしい。(おでこ、だぞ。念のため)
とはいえ、気にせず、っつー訳には流石にいかないが。
 しかし、まあ、やっぱり、あまりに可愛くて仕方ないんで、結局は陽子のいいなりになってしまってるんだか ら、世話は無いのだが。後ろの酔っぱらい共は前向きに無視しよう。酔いが覚めたら忘れててくれるといいな あ。ううむ。

 とか言ってるうちに、うーん、と一声上げて、千早ちゃんが目を覚ました様子。正気に戻っててくれてるといい んだが。
 だが、やはり、それはあまりにも甘い希望的観測に過ぎなかったのだった。
 目を覚ました彼女は、しばらくぼーっ、として周囲を見渡した後、おもむろにまだ開けていない缶をひとつ手 にすると、こちらが制止しようと思う間もなく、一気にその中身を喉の奥に流し込んでいったのだった。それは もう、あれよという間に。
 そして、ぷはー、と親父のような声をひとつ上げるや、今度はターゲットを奈海ちゃんと初子ちゃんに定め、 高笑いを上げながらセクハラ女王ここにあり、を満天下に示すべく、その毒牙を剥き出しにしてゆくのであっ た。

 そう。ここは、修羅場であった。

 救い難き、酔っぱらい共の。

 ※ ※ ※

 翌日のことである。
 あのような有り様になってしまった以上は必然であるのだが、あまり呑まなかった俺以外の一同が、その行 為の必然の結果として惨憺たる始業式を迎え、二日酔いの頭痛を抱えつつ重い足を引きずり帰宅した後。
 俺たち……俺と陽子と千早ちゃんの三人はいつものように陽子の部屋にいた。
「うー、まだ頭が痛いで」
「そんなん、自業自得やん。私かて、ちょっと、辛い……」
「陽子はええやん。あの後、お兄はんに優しく看病してもらえたんやもんなー、ふふふ」
 にやり、と笑いながらそう言う千早ちゃん。
「って、ち、千早……」
 昨日のことを思い出したのか、真っ赤になってうろたえる陽子。しかし、結局あの後、帰ってきた紅葉さんに 現場を押さえられ、みんなでこっ酷く叱られた訳で。
「けど、来年は私の部屋でもお誕生日でけへんかも知れへんよ。あないなコトになっちゃったんじゃ」
「むう、仕方あらへんな。なら、来年は、お兄はんの部屋でやるか」
「へ?」
 なんか、今、トンでもないことをさらっと言わなかったか、この娘は。
「あ、せやね。お兄ちゃん、よろしくね」
 陽子まで、さらりと無邪気な表情でそんなことを言う。
「いや、あのな、ちょっと……」
「ん〜、嫌とは言わんやろな?」
 千早ちゃんが不敵な半眼で俺を見上げ、言う。
「お兄ちゃんに部屋でパーティーかあ、楽しみやね。あ、せや、やったら、私のお誕生日も、お兄ちゃんの部屋 でやりたいな……ええかな?」
「…………」
「おお〜、せやせや、そいつは名案やな。ほな、決まり〜♪」
 あのう、俺の……意思とかそーゆーのは無視ですか?
「だから、勘弁してくれー!!」
 俺の叫びは、開いた窓から、空しく夏の空へとただ消えてゆくのみであった。



2004年8月31日第一稿up
2004年9月2日改訂


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